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六浦藩陣屋




   

読み・・・むつうらはんじんや

所在地・・・神奈川県横浜市金沢区瀬戸

別称・・・米倉氏六浦藩陣屋、金沢藩陣屋

築城年・・・1723年

築城者・・・米倉氏

主な城主・・・米倉氏


米倉氏

 米倉氏は、新羅三郎義光の3男信継が米倉郷に住み、米倉氏を称した武田氏の一族である。
 武田氏の滅亡後は、徳川家康に仕え、家康が関東入国の際、米倉清継は大住郡に200石を与えられた。
 米倉正尹(まさただ)の時、5代将軍綱吉の側用人となり、1696年には若年寄に昇進した。また正尹は、武蔵・相模・上野にて計1万石の大名となり、1699年にはさらに5000石を加増されて、下野皆川に陣屋を構えた。
 米倉昌明の代になると、弟に3000石を分知したために、石高が1万2000石に減っている。
 1723年、米倉忠仰(ただすけ)は、陣屋を相模金沢に移し、金沢藩(六浦藩)が誕生した。
 忠仰の後、里矩(さとのり)、昌晴、昌賢、昌由、昌後、昌寿(まさなが)、昌言(まさこと)と続き、昌言の時、1868年新政府軍東征の際に、横浜取締役となっている。


<現在の状況>

 「金沢八景駅」のすぐ南に、「御屋敷」と呼ばれるところがあり、そこが陣屋跡である。現在は、石段が残っている。
 また、近くにある泥牛庵は「殿様の見晴らし台」と言われていて、ぜひ両方見ることをオススメする。


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 「皆川城」米倉氏が金沢に陣屋を構える前に、陣屋を構えていた所。

六浦藩陣屋の地図→